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Op.2 : 「大航海時代、再び」
 以前(と云うか3つ前(汗)に紹介した大航海時代ですが、クローズドβはPKされて萎えて途中で放り出してしまったんですが(あの頃は若かった)、先月から正式に開始された「大航海時代Online」を楽しんでおります。始めて1ヶ月経って、ある程度育ってきました。今は、鋳造マスターとなるべく、日々クリックに勤しんでおります。もう数千回はクリックしており、寿命も間近かと云った有様です。連射機能付きマウスってないのかしら(笑
 本当は画像を載せたいのだけれど、現在回航中なので、後ほど。
# by aya-com | 2006-02-05 00:34 | ゲーム
朝の野辺への空想
 ――瞬間、意識が滞った。
 あまりにも突然の、停止。
 動けず、ただ立ちすくむ。
 指先から、瞼から、何も。
 ピクリとも動かなかった。

 視覚は一瞬にして、辺りをモノクロとしか映さない。
 音はしない。
 まるで、時が止まってしまったかのようだ。

 しかし、心臓だけはその動きを止めてはいなかった。
 音はしない。
 鼓動を感じていた。
 それは、とても切なく、愛おしくもあった。
 懸命に、心臓はその鼓動を正確に、リズミカルに保とうとしていた。
 それもやがて、フェードアウトしてゆく。

 止まった。
 何もかも。
 音もない。
 風もない。
 光もない。
 そして、世界は終わった。
 一つの世界の終焉。
 総てから見れば、ちっぽけな、しかし、自分にとっては唯一の――。

 瞬時にして、多量の情報が脳に送り込まれる。
 瞬時にして、自己に意識させる。
 ――黄色みがかった白い天井。射し込む光。ぬくもり。その他諸々。

 音がする。
 鳥の鳴き声。
 自動車のエンジン。
 川のせせらぎ。
 獣の声。
 ――そして、心臓の鼓動。

 それはあたかも、今初めて動き出したかのような、違和感。
 今この時を以て、自分の心臓は動き出したのか。自分は生を受けたのか。

 ゆらゆら揺れる、ゆらゆらと。
 揺さぶられ震えそして奏でる。

 風の奏でる音楽。
 それは、浮遊する想像。
 地面につきそうでつかない、空にあがりそうであがらない。
 不安定な浮遊。
 いらだち。不安。悲しみ。存在。

 回顧するあてどない事由。
 そこには、安定があり、喜びがあった。
 暗く、底なし沼のような、つかみ所のない……。

 突然途切れる連続。
 刹那的な存在。今一瞬だけの命。
 やがて、自らの儚さに気づくだろう。

 朝の野辺は、限りない幻想を。
 幻想とは、つまり今でない自分。自分でない自分。
 自分という存在を捨て去り、新たなスタートを切る。

 限りない幻想の中を、冷たい空気を肺に目一杯吸い込み吐きながら、呼吸をしながら歩いてみる。
 川のせせらぎとシンクロするように、スイスイ歩く。
 青空には、薄く流れるような雲が、今にも消えそうだった。
# by aya-com | 2005-04-18 23:19
ドラクエ
 ネットにダイブしていると、何処も彼処も、ドラクエの話題ばかり。改めて、ドラクエの偉大さを感じている今日この頃。

 かく言う私も、発売日からプレイし続けて、現在プレイ時間が約40時間、レベルは36です(主人公)。このぐらいのレベルまで行くと、そんじょそこらの敵を薙ぎ倒し続けても、中々レベルアップしませんので、「はぐれ狩り」をしています。それでも一匹狩ったぐらいじゃファンファーレも聴けなくなってきたので、ストーリィもやる気も停滞気味です。まぁ、末永くお付き合いしたいと思っているので、これ位が妥当かと。気を紛らわせるために、取り損ねた小さなメダル探索などをしております。袋を探れるのをつい最近まで知らなかったので、そこら辺を重点的に。それはもう、血眼になって夜盗のように家に押し入っては荒らしまくっております。
# by aya-com | 2004-12-07 23:40 | ゲーム
Op.1 : 「大航海時代の幕開け」
 昨日から始めた"「大航海時代 Online」クローズドβテスト"だが、今日から色々とメモがてら日記みたいのをつけていきたいと思う。

 さて、ある程度プレイして(大体10時間弱だろうか)現在の状態。数々のクエストをこなし、それなりにレベルも上がり、お金も貯まってきた。ゲームバランスは中々のものだと思う。信長やら三国志やらのオンラインゲームで培ってきたノウハウは伊達ではない。勿論、テスターの中には不満を持つものも居るだろうが、自分的には幸せである。少しばかり、航海中はノロノロ運転なので苛々することもあるがリアリティはある。帆船なんだから、あまりスピーディー過ぎてもそれはそれでオイオイな訳である。

 記念写真とばかりに、ロンドンの教会前(だと思う)でスクリーンショットを撮ってみたので、参考までに。もし、見かけたら声でも掛けてやってください。
# by aya-com | 2004-11-18 00:21 | ゲーム
大航海時代
 15世紀、ポルトガル人によって切り開かれた大航海時代は、1415年エンリケ航海王子らのセウタの占領に始まり、1488年にはディアスが喜望峰を発見、インド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマは1489年にカリカットに到着、さらには新大陸をコロンブスが1492年に発見する。16世紀に入り、1522年志半ばにして倒れたマゼランの部下たちにより、世界一周が成し遂げられる。

 そんな、大航海時代をゲームにしたのが、コーエーの「大航海時代」シリーズである。
 私は、「大航海時代2」をファミコンでプレイしたのがきっかけで(PC版の「大航海時代IV」も所有している)、今回”「大航海時代 Online」のクローズドβテスト”にモニターとして参加している。少々グラフィック周りに不満を感じつつも、中々快適にプレイ出来ている。サーバの調子は上々のようだ。今のところ、独りでまったりとプレイ中。イベントもそこそこ進み、ちまちまと交易しつつ、クエストこなしつつ小金を貯め込んで、そろそろ新しい服でも買おうかなと思っているところ。

 取り敢えず、少ない時間の中で”「大航海時代 Online」クローズドβテスト”に少しでも協力できたらと思っている。
# by aya-com | 2004-11-17 14:05 | エッセイ
偶然とか奇跡とか
 去る1995年3月20日、所謂「地下鉄サリン事件」がオウム真理教により引き起こされ、乗客や駅員ら12人が死亡、5510人が中毒の被害に遭った。

 よく、テレヴィジョン等で、奇跡だの何だのの番組をやっているが、奇跡と云うものは、偶然の産物に他ならないと私は認識している。結局、良い方向に偶然が重なり、それが奇跡となったわけだが、悪い方向に重なれば、それは悲劇となり得る。奇跡とはつまり、起こりえないことが起こったときに後にそう云われるわけだが、起こりえないことは起きないし、起きたことは要するに、起こり得ることだったのである。結局何が云いたいかというと、奇跡なんて云うものは神と一緒で、信じるものは救われるのである。

 閑話休題。

 1995年3月20日のその日午前8時過ぎ、私は営団地下鉄の車内にいた。「霞ヶ関を通過します」と云う、地下鉄ではあり得ないアナウンスを聴いた(一瞬、地下鉄にも急行が出来たのかしらと思った。それにしても、霞ヶ関は通過しないだろう)その十数分後にその理由を知ったわけだが、一時間という時間の壁が、生と死を分けたのかと思うと、偶然の中に生きる人間とは、何と儚いものだろうと、今更ながら実感した次第である。
# by aya-com | 2004-11-14 20:44 | エッセイ
ひとりごと
「君は、いつも悲しそうな顔をしているね」
「それは、いつも悲しいからさ」
「君は、いつも辛そうな顔をしているね」
「それは、いつも辛いからさ」
「君は、いつも寂しそうな顔をしているね」
「それは、いつも寂しいからさ」
「君は、いつも独りなんだね」
「独りだから、悲しいし、辛いし、寂しいのさ」
# by aya-com | 2004-11-13 22:54
法月綸太郎「密閉教室」
 僕がミステリに興味を持ったのは、可成り定番だが、赤川次郎の「三毛猫ホームズ」シリーズを、友人に借りて読んだのがきっかけだった。それから数年間は赤川次郎ばかり読んでいた。そして、転機となったのがまた定番で恐縮なのだが、スーパーファミコン用ソフト「かまいたちの夜」をプレイして我孫子武丸と云う作家の存在を知ったことだった。これで、新本格の面白さにはまってしまった僕は、所謂、島田荘司推薦作家シリーズに突入していくことになる。現在では、ファンサイトを立ち上げ独自ドメインを取得してしまう程にはまる原因になった綾辻行人の「十角館の殺人」に始まり、歌野晶午の「長い家の殺人」、前述の我孫子武丸の「8の殺人」、そして法月綸太郎の「密閉教室」(それ以外では、有栖川有栖の「マジックミラー」など。因みに、この頃は文庫オンリーで、新書やハードカバーには手を出していなかったことを付記しておく)。

 この作品には、次作「雪密室」以降お馴染みの名探偵、法月綸太郎が登場しない。そのせいか、他の法月作品と比べて雰囲気が全く違う。勿論、書き分けてもいるだろうし、処女作と云うこともあり、まだ己の筆致を確立していなかったせいなのかもしれない。だが、僕はこの雰囲気が大好きだ。トリックも、それなりに大がかりで大胆なものになっており、十分に意外性はあった。でも僕は、この雰囲気を味わうために、もう何十回も読み直している。トリックに対する驚きは初回限定だが、雰囲気を味わえるのは無制限である。

 もう一つ特筆すべき点がこの作品にはある。細かく分けられたインデックスだ。147ものユーモアがありシニカルでもあるインデックスが、独特な効果を上げている。

 雰囲気が好きだ! インデックスが好きだ! とここで幾ら喚いても、悲しいかな己の力不足でちっとも読者には伝わらないと思うので、未読の方は是非本屋さんで購入して頂きたい。最近、ハードカバーで完全版の「密閉教室」が発売されたので、そちらを手に取って頂いても構わない。文庫の方が安いし、読み易いし、短いので、初めてのミステリで法月綸太郎を読むと云う方は、文庫本の方がお手軽かもしれないし、お薦めである。

 ちっとも、「密閉教室」の書評になってない気もするが、僕のこの作品に対する愛情を少しでも感じ取って頂ければ、幸いである。
# by aya-com | 2004-11-01 23:13 | 書評
思索
辞書で調べてみると、「考え求める」とある。どうも、しっくり来ないので、もう一冊の辞書で調べてみると、「すじみちをたどりながら、深く考え進む」とある。共通点は、「考える」と云うこと。で、「考える」を調べてみると、「思いはかる。思案する」とある。で、「思案」を調べると、「いろいろと考える」とある。つまり、考えることと思うことは一緒なのだろうか。日常会話では、何分ニュアンスで使い分けているので、深くその言葉の定義やらを考えたりしないのであるが、言葉がコミュニケーションの道具であると割り切れば、通じればいいのであって、いちいち言葉の意味を考えながら使っていたのでは、数秒で終わる会話も、何時間も掛かってしまうに違いない。もちろん、ある程度の選別をしながら使わなければ誤解を招いて相手を不快にしてしまったり、傷つけてしまうことだってある。一度発した言葉は取り消しが利かないことだってあるのだ。言葉と云うのは恐ろしいもので、使い方によっては「祝い」になったり「呪い」になったりする。用心することが肝要だ。
結局、何が云いたいのかというと、要するに反省文なのである。
# by aya-com | 2004-10-19 23:40 | エッセイ
記憶
人の記憶は結構当てにならない。
と云っても、自分がそうだからといって、誰でも一緒にするなとお叱りを受けそうだが、まぁ一部の人を除いて、生まれてから今までを正確に記憶している人はいないと思う。私なんかは記憶にさっぱり自信がなく、小学校以前の記憶がものすごく曖昧なのである。もちろん、記憶喪失のごとく全くないのではなく、断片的にしか覚えていないのだけれど、一般の人に比べて記憶量が少ないのではないかと思う。比較対象が出来ないので、一般の人の記憶量が平均してどのくらいあるのか判らないので、断言は出来ないのだが、多分そうだと思う。
最近は、昨日の夕ご飯を覚えてなかったりするので、痴呆症の域に差し掛かってるのではないかと思い、将来に少し不安を持ってしまう。
# by aya-com | 2004-10-06 03:58 | エッセイ
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